革命初期の指導者たちは「偉大な兄弟」だけが記録として残っており、60年代のなかぐらいには、反革命分子狩りといったことで逮捕や静粛が吹き荒れることとなったが、著者は地下に潜って難を逃れることができた。
著者が書いた禁書によれば、大いなる存在として人々の愛や尊敬や恐怖とをすべて集中するために生まれたのが「偉大な兄弟」である。まさに人間が想像しうる偉大という名の怪物である。しかし、この「偉大な兄弟」は、あくまでもイコンである。実際には名も知られていない党幹部によって国が支配されていたのである。
まさに繰り返される歴史の支配体制である。
「偉大な兄弟」という独裁者による専制ではない。国民の要望によってうまれたのではく、自分達が信じる思想の実現のためだけに生み出されたのである。
そこで、市民を効率よく支配するには、どのような方法が適しているのか。人の感情というものは、集団といったあるまとまりのあるものに対してよりも、ある人といった特定の個人に対してのほうが強く抱き易いという。
だからこそ「偉大な兄弟」という存在が登場したのだろう。
「偉大な兄弟」は、設定からしてもまさに神みたいなものである。
そう、そこには手で触れる、実際に目にするといった実感があるのではなく、人の心に植えつけられた架空にして、しかしどこまでも自分の近くにいると思わせるものである。そのためにポスターとモニターだけで存在をしめすということが行われたのだろう。
だから、彼は未来永劫生き続けるのであり、そのことを人々が信じたとしても、現在でも宗教が信じ続けられていることからも当然といえば当然かもしれない。