来る日も来る日もモニターを通じて放送される「二分間憎悪」。
この放送は何が目的に行われているのだろうか。
これは、「偉大な兄弟」への愛情や忠誠心といったものを確かめそして表すためのものなのである。
「二分間憎悪」・・・。この響きからして不気味である。
毎回、登場するのは反体制指導者で、これに憎悪が向けられるのである。人間の憎悪というものはとどまることを知らない。ある憎悪がさらなる憎悪を生み出し、そのエネルギーがどんどん膨れ上がっていく。
憎悪や恐怖や復讐心といった熱狂がまさに沸点に到達したとき、モニターに大きくシルエットの「偉大な兄弟」が登場する。
その演出効果は抜群で、人々は打って変わって安堵や安心を「偉大な兄弟」から感じるのである。
政府には、戦争を担当する「平和省」、物資配給を担当する「豊富省」、宣伝工作を担う「真理省」、逮捕や拷問を行う「愛情省」がある。
「愛情省」というだけにこの政府が何を「愛」としているか。
それははっきりしている。「偉大なる兄弟」の「愛」のである。
これを受け止められない者には「愛情省」での拷問を通しての再教育が行われるのである。
ここにはすでに、「自由」というものが存在しない世界であり、荒涼とした風景となっているのである。